夢枕獏公式Blog「酔魚亭」

クリスマス

「グレイクリスマス」のグレイに

グレイという言葉は、日本語では灰色です。
「灰色」という日本語の意味よりも、英語の「グレイ」という言葉には一つの魔法が込められているような思いがしました。私には美しい「グレイ」です。


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 コペンハーゲンのきらめくイルミネーション。



六本木の俳優座劇場で「グレイクリスマス」を見てきました。
演劇界の万年青年いつまでもお茶目なY氏のお誘いで、今年一番のお薦め、名作中の名作と言われる「グレイクリスマス」観賞です。時期もちょうど今、12月。12月はこの演劇を心から楽しみ、深く感じるためには必要な寒さの月。

「グレイクリスマス」の初演は1983年、本多劇場だそうです。
斎藤憐作。何度も何度も会を重ねての上演。
何度も上演されてきているのに、私は実は初めての観賞。
だから何の予備知識もなく、いつもの真っさらな状態で見て参りました。
誰がどの役をやるのかさえも知らない私です。

幕が開いて、という始まり方ではありません。暗がりの中、すでに舞台は用意されています。次第に明るくなる照明、そして静かに玉音放送から始まります。この音がすべてを語り始めるプロローグです。
私はと言えば、舞台の中央壁側に置いてあったピアノに初めから釘付け。これは絶対に単に置物として置いてあるピアノではない、と!
このピアノがどんな音を出し、何を奏でるのだろうかーーーこういう舞台の始まりはいつもワクワクします。

舞台は、伯爵五條家の離れ。
ストーリーは敗戦後のクリスマスから進められていきます。母屋をGHQに接収された五條家の物語と戦後民主主義が生まれていく日本の戦後の歴史がリンクしながら。
場面転換なしの舞台。
この場面転換なしのマジックは、一人の登場人物である「権堂」という男によって運ばれ、展開して行きます。清水明彦演じる「権堂」という人物は、語り部でありながら、なおかつ一本の貫かれた芯のような役割を演じています。
当然、権堂の演技がとても重要になって来る訳ですが、清水明彦氏の演じる権堂は素晴らしかったですね。私たちが彼を一つの安定感でもって追い続けていくことで、一つの軸が決まり、登場人物がどんなに多くでてきても、迷わずにストーリーについていけるのです。でも彼は主人公ではありません。主人公は多分、三田和代演じる「華子」というたくましく美しく瑞々しい一人の女性。そして、進駐軍将校のジョージ・イトウ。
これは淡くせつない、薄く積もった雪のようなラブストーリーなのです。


初演からもう30年近く、練り上げられてきた隙のない脚本、それからそれをしっかりと支える実力ある役者。
見ていて本当に心から楽しめ、そして戦後のあの時期にタイムスリップして、歴史について深く考えることのできる演劇です。
三田和代さんも素晴らしい演技でしたが、私は女中頭をやった長浜奈津子さんがとても良かった。彼女は演劇の女優という仕事の他に歌手でもあるそうです。そういう彼女の幅の広さが感じられる演技が魅力的。女中頭という役ですがとても素敵でした。
それから若く瑞々しい「雅子」を演じた若井なおみさんもよかったなあ。
脇を支える役者もすべて素晴らしい「グレイクリスマス」なのでした。



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 これは、レモンではなく冬至につきものの柚子です。
        うちの裏にたくさん生っています。
        宝のようです。



それで私がなぜこんなに「グレイクリスマス」をここで語りたいかというとですね。
えー、実は、斎藤憐氏は音楽を巧みにその劇の中にちりばめていく劇作家でもあるからです。彼の作品「上海バンスキング」はとても有名ですよね。
そういうわけで、ラブストーリーであり、歴史ストーリーであるこの劇の場面を縫う糸の一つが音楽でした。オルゴール、チェロ、ピアノ、ホールから流れてくるジャズ、蓄音機で流されるレコード、歌、などなどあらゆる音がちりばめられ、また音が場面をつなぐ糸となって縫い上げられていきます。
そうなんです。この「グレイクリスマス」の中にもジャズが。
戦後の進駐軍といえばやはりグレンミラーとかデュークエリントンとかでしょう。もちろん彼らの曲も使われ、そして、何よりもこの劇のタイトルとも深い関係のある「ホワイトクリスマス」も効果的に使われていました。


ホワイトクリスマスは、雪のクリスマス。
すべてを覆い隠してしまうのがホワイトクリスマス。でも、グレイクリスマスは・・・。
「真実を隠すことのないクリスマス」ということなのです。日本語の「灰色」ではなく雪の降らないクリスマスのことだったのです。
「この劇の真実は隠さずここにあります、日本の現在の民主主義についても少し考えてみてください」という作者のメッセージが込められています。
実はこれは本当はラブストーリーではなく、真実のストーリーはこの劇を見終わった私たちの心の中に、ということだったのしょうか。

この劇のテーマは少し重いテーマかもしれませんが、私は楽しみました、音楽と共に。

戦後から現在の日本につながる歴史の真実と、それから登場人物を演じた役者が放った心のかすかな真実が、私の心の中に残されて、小さな灯りとなって今、灯っています。
演じた役者の方々に、それから作者、斎藤憐氏にも「よかったですよ」とお伝えしたいです。

最後に。
お茶目なY氏が興奮しておっしゃるには、今年の演劇の中で、もう一つキラ星のように輝いているのが、大滝秀治さん演じた「らくだ」だそうです。うううーむ、見たかったです!これ。

今回のブログも長くなり申し訳ありません。
もっと短くまとめろよな、という声が聞こえてきそうです。いつも反省しています。はい。



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 クリスマスより、お正月より、自分にとって一番大切な日。
      それは自分の誕生日。
      それは言わば、精神再生の日です。


「台湾道中記」第2回

 ホテルの前は、すっかりクリスマス気分でした。

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プロフィール

夢枕 獏

作家、1951年1月1日、神奈川県生まれ。 東海大学文学部日本文学科卒。
1977年に作家デビュー。 以後、『キマイラ』『サイコダイバー』『闇狩り師』『餓狼伝』『大帝の剣』『陰陽師』などのシリーズ作品を発表。 1989年『上弦の月を喰べる獅子』で日本SF大賞、1998年『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞を受賞。2011年『大江戸釣客伝』で泉鏡花文学賞と舟橋聖一文学賞を受賞。同作で2012年に吉川英治文学賞を受賞。
漫画化された作品では、『陰陽師』(漫画 岡野玲子)が第5回手塚治虫文化賞、『神々の山嶺』(漫画 谷口ジロー)が2001年文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞をそれぞれ受賞。 映画化された作品に『陰陽師』『陰陽師2』(東宝)、『大帝の剣』(東映)などがある。

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