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 大磯の「海の見えるホール」 
   楽器の向こうに大きな樹、それから遠くに海が見えます。


秋の深まって行く9月。
銀座の歌舞伎座も来年建て替えられる予定なので、今の歌舞伎座の建物は今年度限り。
さよなら公演と名付けられたきらびやかな演目が目白押しです。
先日、ジャズミュージシャンと歌舞伎を観賞して来ました。


歌舞伎は日本文化の一番派手なところに位置している芸術だと思います。
人気役者、舞台、日本の文化をごっそり飲み込むような歴史上の登場人物に脚本、衣装、音楽。
そのすべてがモノクロではなくカラフル世界です。
江戸時代からいろいろな芸能文化を飲み込んで消化し続けてきた歌舞伎。
これでもか、これでもかのJapanese世界。


目で見てもわかり易いので、海外から来る外国人をまず案内したくなる劇場です。
私も今までに何人かの外国人を連れて行きました。
もう20年程前でしょうか、イギリス人と歌舞伎を見に行きました。
ふと気づいたら、隣からなんだか泣いているような声。私の横で目にいっぱい涙をためてイギリス娘ヘレンが泣いていました。あまりに美しくて感激して、思わずこみ上げてきたそうです。
わかります、わかります、歌舞伎座は外国人にとってのインクレディブル異空間なんです。


そういう訳で、私、今回、ジャズのアーティストを私の本領発揮だとばかりに歌舞伎座に案内してきました。


歌舞伎座の9月の演目は「勧進帳」に「松竹梅湯島掛額」
この二つの演目は初心者にもわかり易くて楽しめる、私的には超お薦めの演目です。
この二つが運良く歌舞伎座でかかり、ジャズの畑のかの人をお誘いしました。
いったい、どんな感想が聞けるのか本当に楽しみに。


ジャズのミュージシャンなので音から入って行くのかなと思いきや。
そうではありませんでした。
彼はですね、自分の目線で見たそのエンターテインメントの歴史を自分なりに解釈して感想を述べてくれました。
どーだ!と連れて行ってあげた気分になっていた私の方が、逆に試されているようで姿勢を正さなければならないような、鋭いコメント。
ううむ、参った。参りました。


久しぶりに異分野の人とみる歌舞伎。
ものすごくタメになりました。私の方が、です。


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 猫の見つめる目は真剣だ、この後恐ろしい事が起る。


え?その肝心な、歌舞伎をみてのミュージシャンが言った感想ですか?
それはですね、「勧進帳」の弁慶のあの有名な引っ込みについてです。
その強烈な吸引力に詰め込まれたエキスのごときもののこと。
それから「湯島掛額」の後半、八百屋お七が櫓のお七の人形振りに変わるその演出のこと。
思いがけずその演出のことを質問されて少したじろぐ私です。
「えーっ?あの長さの理由?何でだろう?そう言えばそうだなあ」
意味わからないですね。ま、いいんです。
とにかくその質問に、まるで外国人から質問を受けたような電撃が走り抜けました。


彼は余分な偏見を取除いて、まっさらな目でみてくれたんだと思います。
心をまっさらにしてみることの大切さです。
変に予備知識を入れて見るよりも、何も入っていない心の方が入ってくるものは大きいのだということを再認識させられました。


そうでした。
文化財の前に立って観賞する時は、変な既成概念や予備知識なしで、心をまっさらにして見るのだ。その作者の言いたいことに素直に耳を傾け、作品から浮かび上がってくるものを見つける作業をする。自分のアンテナでキャッチするのだと。


そう、いつも自分に言い聞かせていたはずでした。
思い出しました、とても大切なこと。


最後に。
歌舞伎座の来年の建て替えの事ですが、本当に淋しいことです。
なぜ建て替えなければいけないのか、今でもよくわかりません。
車椅子が入らなければ、入るように作り替えればいいだけのこと。
あれだけの素晴らしい建物をなぜ壊さなくてはならないのか。


ものすごく怒っています。私。
新しい歌舞伎座にはあまり興味はありません。


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 コペンハーゲンの夜に浮かぶ「オペラハウス」
   この建物をこの位置に立てるにあたり、現地でも賛否両論の嵐が・・・