鳥は何かを考えながら歩くのだろうか・・・。
今朝、庭を二羽の山鳩が仲良く歩いていた。あれはどうみても散歩。
それも、lovelove散歩だ。


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秋の深まるこの季節、庭は色とりどりの落ち葉であっという間に埋もれてしまった。
次から次に迷いもなく落ちる葉。
そして地上の私は掃く間もなく、どこからか風がやってきて代わりに掃除してくれたりする。
木枯らしの風景。この季節ならでは。

桂米朝さんの語る「まめだ」を初めて聞いたのは10年くらい前、京都での落語会だった。
あまり目立たない新作落語の小品だけれど、私はこの小さな噺で米朝さんに見事ノックアウトされました。
米朝さんの優しい語り口で語られると、この小さな作品は何百倍もの輝きをもって輝きだすのです。
京都の落語会でこの噺を聞いた後、連れと二人で夜の街を無言で歩きそれから小料理屋へ入り、とても幸せなお酒を飲んだ。
「まめだ」は語る言葉はいらないくらいの絶品落語。

その「まめだ」の内容を少し。
大阪道頓堀に近い三津寺(みってらさん)というお寺の境内での話。時は晩秋、ちょうど今頃の季節。
「まめだ」とは子供の狸のこと。
いたずら好きな狸が、芝居の大部屋役者である右三郎にいたずらを仕掛けたのだが、右三郎に見破られトンボを切られて(空中回転されて)飛ばされ怪我をしてしまうという噺。
その怪我をした狸が、右三郎の母親の出す境内の膏薬屋に毎日膏薬を買いにくるのだけれど・・・。
もちろん狸のお金は銀杏の木の葉。年老いた右三郎の母親はその木の葉のお金にいつもいつもだまされ膏薬を売ってしまう・・・。
小さな狸のいじらしさとそれに気づいた人間の暖かさとが、優しくおもしろおかしく語られる。
そして迎える最後のおち。
それが私の心の中でいつもこの時期、私の庭とつながっている。

機会がありましたらぜひ聴いてみてください。もう米朝さんは高座ではやらないけれど、CDで聴けます。

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( これは銀杏の葉の付箋紙 )


さて、うちの庭の落ち葉の中を歩いていた二羽の山鳩。
一目見て「美味しそう」と思ってしまう私はなんて罪な人間なのだろうか。
コジュケイも山鳩も皆幸せそうにふっくらと太って見える。ああ美味そうだ。
本当にごめんなさい。
せっかくのいい話「まめだ」が泣きますよ。
何も知らずにマイガーデンを歩く鳥の姿は本当にいじらしくてかわいいので、もちろん捕って食べたりはしません。

今は心も揺れ動く、待ちに待ったリアルジビエの季節。
ウシシシッシギイ、今夜はジビエです。

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( ほうれん草もこの時期ならでは
        かつ節と少しのお醤油だけで本当に美味しい )