2010_05_26-1

庭に咲くクレマチス 
    日陰でもどんどん花芽をつける。たくましくて美しい。


涙のセンはどこかで誰かにつながっている。

昨夜参列した友人のお通夜。まだ若かった彼女。
死という形で別れるにはあまりに早い別れ。
亡くなった彼女の素敵な思い出は、参列した人の中にあふれるほどにあったのだと思う。
皆、彼女の訃報に接しとても重い悲痛な気持ちで参列していたのだ。
私は彼女の他の友人たちとは比べるべくもないくらい少ないおつきあいだったけれど、彼女との楽しい思い出はたくさんあった。
そして、私もとても重い気持ちで通夜のその場に座っていた。

その参列していた私たちの重い席に、彼女が残した素敵なプレゼント。

それは、「きよしのズンドコ節」。
彼女が好きだった曲として、この曲がお通夜の席で流れた時に、本当に救われた思いがしたのです。
なんだーっ、やっぱりKちゃん(亡くなった彼女のこと)はKちゃんじゃん。
本当になんの衒いもなく彼女らしい曲。
ありがとうーって心の中で叫んでいました。その曲が流れた時に彼女はすーっと私たちの中に戻って来てくれました。
そうして、多分、このままずっと生き続けるのです。
心の中で。
お通夜の後もその曲の話題で持ち切り。しみじみと愛おしく彼女のことを皆で話ができました。「ありがとう、Kちゃん」


ああ、人生はやはりこれなんだなあと思ったのです。
この優しさに出会えるから捨てたものではないのだ。


2010_05_26-2

軒下のバラ
    ものすごくたくましい、大好きなアルベリックバルビエ。



私も死ぬ時はこんな優しさと楽しさを残して。ガツンと行きたい。
それは本当に理想。
悲しみを残して死なない。
後悔を残して死なないぞ。

もしかしてどこかでのたれ死にするかもしれないけれど、それでもそこに悲痛という痕跡を残して死なない。のたれ死にでも笑って死んでやるー!

この年になると、親しかった人との別れ(死)が日を追うごとに身近になってきて、つらいことも多々。
年を追うと、おじいちゃん、おばあちゃんが輝いてくるのはもしかして、このたくさんの悲しみを乗り越えてそこにあるから、ではないですか?
なんとたくましい、そのありよう。


涙のセンはどこかで誰かにつながっている。
そして。
笑いのセンもどこかで誰かにつながっている。


2010_05_26-3

 5月の庭に向かって窓をあけた!