久しぶりに岐阜県の釣小屋へ行って来ました。
と言っても釣りをする訳ではなく、ただぼーっとしてきました。


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 囲炉裏で釣れたイワナを焼いて食べましたっ。
     ああ、本日の釣果がばれてしまいましたなあ。


どこかへ出かけて違う景色を見る。
道の駅で地元産トマトジュースを買い、ぐっと冷えたビールを飲み、いつもと違う人たちと話をする。
大切です、私には。エネルギーの元です。
これができるということは何て幸せなんだろうと思います。

本当はライブの前の雑務が多すぎて行きたくなかった。連休だし、人は多いし嫌だなと思いつつ渋々でかけてきました。

でも、行ってよかった。何のことはない。行ってよかった。


何年ぶりかに訪れる釣り小屋の前の川の相があまりに変わってて少し驚きましたが、でもこの岐阜県の川は本当にいい川だなと思います。
水がきれいで、色々な岩の形と、周りに生えている植物層がなぜかしら色っぽい。
私は渓流釣りはしないので、ほんとうのところよくわかりませんが、魚も水の中には沢山いるに違いありません。
いい川なので皆の知れ渡るところとなり、釣り人にはこの今の現状(人が多すぎる)が多いに不満だそうですが。

それでも、お天気のいい連休なのに、川沿いを歩いていても私は誰にも会いませんでした。観光地を少し外れるだけでこんな静かな環境が広がっていたのです。
濃い緑色の淵も、五色の小石を敷き詰めたような美しい浅瀬もすべて独り占めでした。
本当に贅沢で幸せな時間を過ごして来ました。


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 近くの淵に、たらの芽がきらりと光る。
        崖地にのびたタラの木なので、誰も採れないのだ。



いつも思うのは日本の川は本当に素晴らしいなあということ。
この水の豊かな5月になると特に思うのです。
山の水がいったいとこから湧きだしてくるのでしようか。あちらこちらからちょろちょろと湧きだしてそれが谷水となり、それが渓流へと流れ込み、それが合流して川となる。
流れは滔々と止むことなく続いていくのです。
次から次によく水が途切れないもんだと思うのです。
日本の山、すごい保水力ですよね。
ゆく川の流れは絶えずして。
これは有名な方丈記の出だし。ああ、昔に生きた鴨さんも同じことを考えていたのかー。ちょっと違うかー。

この私の頑固な気持ちを美しいゆく川に委ねて、どこまでも流れて行ってみたいもんです。
流れに逆らわず静かに流れて行ってみたいものです。
それが時間の流れならなおさら。
無常を受け入れて静かに確実に過ごしていきたい。
身を委ねることがどんなに心地よいでしょうか。
心を委ねられたらどんなに心地いいでしょうか。

私のこの気持ちは流れる川に受け入れてもらえるでしょうか。
変にあせってみたり、時間がないないと言ってみたり。
もしかして置いてきぼりで、重すぎて碇をつけたままずっと漂っているかもしれません。頑固すぎる私の心。なんだかそんな気がしてきました。


とにかくとにかく新緑の美しい奥山でたくさん呼吸して帰って来ました。
仕事のことをすっぱり忘れて、と言いたいのですが、やはり貧乏臭く仕事のことも引きずりながら。

今日から、またがんばってライブの仕事に戻ります。
いろいろハプニング続きですが、なんとかペーター・エルドもリハーサル前に来日できそうです。ペーターは仕事の都合でオスロから直接来ますが。
マグナス・ヨルトは本拠地コペンハーゲンから来ます。
私もとても楽しみです。
本当にこのために生きている、(というと大げさですが)ようなもんです、今の私。

ブログのページがトラブルで見れなくてご迷惑をおかけしました。私が管理しているページではなく間借りしているだけですので、ご心配をおかけしてすみませんでした。

皆様にライブでお会いできるのを楽しみにしています。
というのは、私ではなくミュージシャンの台詞ですよね。
失礼しました。
私は皆を陰から(草葉の陰ではありませんからね)見守っております、はい。



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  縁側で地元の豆大福をお茶と一緒に。
    この大福は「かしもさん工房」のもの。
     黒豆入りでとても美味しかったです。