ショパン。
「今年はショパンの生誕200年。ピアニストは皆ショパンを弾く。少なくともある時期、みんなそうやって育った」
「あんなに華奢にみえて強靭、真剣であって、しかも優雅な音楽はほかになかった。あれはピアニストが自分を映して省みる大事な鏡でもあった」
                 吉田秀和 朝日新聞「音楽展望」より

ああ、そうか。ショパンはピアニストを映し出す鏡だったのかー


2010_03-01-1

 窓の外、庭を見つめているのはドイツからきたお人形。



私も昔、ショパンのEtude op.10-3を夢中で弾いていた時がありました。
でもある日ショパンはずっと遠くへ行ってしまいました。
私だけの音楽だと思って大切にしていたのに、ショパンは私だけのものではなかったのです。それもなんだか美しいお嬢様たちのもの。
テレビから聴こえてくるショパンはお金持ちのお嬢様の弾くピアノのイメージそのもの。なんだー、ショパンってそんな趣味だったの、と小学生の私が言ったかどうかはともかく、へそ曲がりな私はパタッとショパンを弾かなくなってしまいました。
ピアノのフタを閉じるみたいに、ショパンにフタをしてしまいました。
私の回りには、わたしよりきちんと美しくショパンの弾ける娘がたくさんいましたし、それに皆美人。そういう人たちに任せておけばいいのだ。

そういうもんではないだろと言われそうですね。
変です、私。きちんとした優等生のものから離れたがる趣味は昔からです。
ピアノのお稽古も苦手、コンサートを静かに聴くのも苦手、音楽の授業も苦手。
それにその時はもう私は不良の音楽、ビートルズの楽しいピアノに夢中でした。

そういえば。
高校時代、素晴らしくピアノの上手な友達にビートルズの譜面を持って行って「これを弾いてみてくれるかなあ」と頼み込んだことがあります。
その時に彼女のピアノから聴こえてきた音は、全くビートルズではありませんでした。
その時、解ったのです。ああ、楽譜じゃないんだ、ピアノでもないんだ、技術でもないんだ。
音楽が音楽を音楽として構成しているものはもっと別なところにある。
あたりまえのことにその時気づきました。



2010_03-01-2

 ショパンのマズルカ、私にはこんなイメージ
     お城の公園に3匹ならんだ馬たち。



不思議です。
何十年もたった今の、今朝、読んだ新聞のコラムの一行で、私の気持ちは再び静かにショパンに戻ってきました。
古い譜面を見るように懐かしくて、瑞々しいジャズを聴くように新鮮な気持ちです。


吉田秀和氏がはじめてパリに行った時に聴いたというピアニスト、サンソン・フランソワの弾くショパン。
その描写にクスリと笑ってしまった。
「バラード第一番ト短調を颯爽とひいて、終わりの両手のオクターブで音階を駆け下りてくるところで勢い余ってバン!!と大きく音を外したら、聴衆がワッとどよめき、大喝采」だったそうです。
まるでジャズですね、これ。
ショパンをそんなふうに弾いていいなんて。
そんな面白いピアニストがいたんですね。
それにパリの聴衆はなんて寛容なのでしょうか。

そしてそれを読んだ時に私は、「ショパンを弾くジャズピアニスト、マグナス・ヨルト」を想像してしまいました。
もしかしてマグナスもショパンをこう弾くかもしれないなと思った途端になんだか嬉しくなりました。
マグナスは決して最初から最後まで普通のショパンを弾かないだろうな。自分なりに壊してくるだろうな。いや、絶対に壊す!
その壊し方に観客はヤンヤの大喝采かもしれないなあ、でも怒る人もいるだろうな。

そういうことを考えながら楽しく吉田秀和氏の文章を読んでいた私。
吉田秀和氏は素晴らしい批評家です。彼の文章は、こんな私のところまでちゃんと降りて来てくれました。



2010_03-01-3

 コペンハーゲンで
 雨が私の部屋の窓を激しくたたいた
 まるで心をたたくように。



窓をたたく春の雨。
でもショパンの雨だれではない。
私にはジャズの一雨。
例えばPeter Rosendal の 「folis」の音。
難破という意味のこの曲。デンマークの2008年最優秀ディスク賞を受賞した『tide』というアルバムに入っています。
春の雨の、静かなそして時に激しい温かな雨のようなピアノです。

Peter Rosendalは、今ブラジルにいるのだという。
彼のピアノを生で一度聴いてみたいのだけれどなかなか聴けません。
会いたいのだけれどなかなか会えない。Rosendalはどこか変わった人です。
彼の作る音を聴いているとわかります。真面目に遊んでいます。

ピアニストの名を冠するわけでもない、3人のミュージシャンの名前がそっと小さく連なるこの『tide』というアルバムは、私がプロデューサーとしてめざす作りたいアルバムの中のお手本の一つ。
これもデンマークのSTUNT RECORDSから。

3人の作り出す音が対等に聴こえてくる。
それこそが私の作りたい音です。