音楽を聴くという行為は、森を歩くようなものである。
その音楽がいい音楽であればあるほど、その森は深く豊穣で美しい。
ジャズやクラッシックにはその森が存在する。

ポップスやロックは、それとは少し違う平原で動いている。
その音を聴いた時に抱いていた思い出のようなもの、それが体にガラス板のように焼き付いていてなかなか剥がれない。
いわゆるサビの部分で心が止まってしまう。
サビに酔って平原を彷徨う自分がいるのだ。

サビ以外の部分を楽しむ音楽。

音楽の深い楽しみを心の奥底で何度も何度も掘り続けることができる音楽。
それがクラッシックとジャズのおもしろいところだと思う。


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コペンハーゲンにて、図書館の窓。


山と渓谷社から『言葉ふる森』という本が出ました。
作家29人による「山」のエッセイ紀行30編。
山がテーマなので、山への憧憬が深い作家の文章が揃っています。ということは、自然に私の好きな文章、作家ばかりが揃う訳です。
山はおもしろいです。
日本の山はたいがい「下はボーボー、上はつるつる」なので、山に登るときは森を歩くことから始まります。
森を歩く。
景色もあまり楽しめず単純で、山登りにはつまらないと言えばつまらない行程です。
でも頂上を極めるためには必要不可欠な行程です。

このエッセイ紀行集に収められた文章は、『山と渓谷』誌の依頼による作家の原稿集です。
各々の作家がその依頼にどう応えて山への想いを綴ったのか、その視点に立って読んでみるのもなかなかおもしろいものです。

その『言葉ふる森』の中に獏先生の文章も入っています。
たくさんの素晴らしい山の文章の中で、私が一番好きだったのは、やはりこの獏先生の文章でしょうか。(よいしょですか?これ)
獏先生の文章。それは、「ヒューーー、ポタラ」。
なんじゃ、それは。
獏先生ってやっぱりこっち系ですか?
この、一度ツボにはまったらトコトンお腹の皮がよじれてしまいそうになるくらい可笑しな文章と少しせつない内容は単純にして名文、お年を召されてきた獏先生ならではの一篇。
『言葉ふる森』山と渓谷社刊、1500円。どこにでも持って歩けるくらいの軽さの本ですが、その中には29人の作家の、山に対する30のエッセンスがぎっしり詰まっています。



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 『言葉ふる森』山と渓谷社

サビ以外の部分、それは小説にもあります。
ダレ場と言われる部分です。
でも、そのダレ場をどうやって凌ぐか、それが作家としての大きな課題にもなって来るそうです。
「面白くてワクワクする仕事」の外にあるもの。
ライターにも、そしてジャズの演奏家にもそれはあります。
仕事としてやって行く時に、避けては通れない、あまりおもしろくない道です。

そのサビ以外の部分。
本を読み解く本当のおもしろさも。
音楽を聴く本当のおもしろさも。
意外にもそこにあったりするのです。


ダレ場・・・ 演劇や講談などで客が飽きてしまうような場面のこと。


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 物語の多い伊吹山はなぜか大好きな山、
  新幹線に乗るといつも窓にぴったり張り付いてこの山を見ている私
   まるで子供状態。 
    もし私がおばあちゃんになって孫と新幹線に乗った時、
     孫を押しのけて見るのだろうか。